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東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)35号 判決

原告 坂田千佳子

右法定代理人親権者父 坂田正治

同母 坂田祥子

右訴訟代理人弁護士 深田和之

被告 公立学校共済組合

右代表者理事長 杉江清

右訴訟代理人弁護士 小野孝徳

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五一年七月一三日付でした原告の遺族年金給付請求を棄却する旨の決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、地方公務員等共済組合法(以下、「法」という。)三条一項二号に基づいて設立された公立学校の職員等で組織する地方公務員共済組合であり、訴外亡坂田ナカ(以下、「ナカ」という。)は、昭和二四年一月大阪市教育委員会より同市立日東小学校養護員を命ぜられて以来引き続き同市公立学校の職員として勤務し、昭和五一年一月二七日公務傷病によらないで死亡した被告の組合員である。

(二) 原告は、ナカの実弟である訴外坂田正治(以下、「正治」という。)の二女として昭和四九年七月一三日出生し、後記のとおり昭和四九年一〇月からナカと事実上の養子縁組関係にあり、ナカの死亡当時主としてその収入によって生計を維持していたものである。

2  原告はナカの遺族として被告に対し遺族年金の給付請求をしたところ、被告は、昭和五一年七月一三日原告は法二条一項三号に規定する組合員であったナカの子ではないとして、これを棄却する旨の決定をした(以下、「本件決定」という。)。そこで、原告は、昭和五一年八月一〇日公立学校共済組合審査会に対し、審査請求をしたところ、同審査会は同年一二月二五日これを棄却する旨の裁決をし、原告は、昭和五二年一月三一日右裁決書を受領した。

3  しかしながら、原告はナカと事実上の養子縁組関係にあって、ナカの死亡当時主としてその収入によって生計を維持していたものであり、しかも、その養子縁組の届出をしなかったことについては、次のとおり特別の障害があったのであるから、原告は、ナカの事実上の養子として法二条一項三号イに定める遺族と認められるべきであり、本件決定は違法である。

すなわち、ナカは昭和四九年一〇月原告を養子に迎えるため、その父正治及び母祥子の代諾を得て事実上の縁組を結んだが、その届出をしないまま昭和五〇年一〇月病気のため大阪鉄道病院に入院した。そのころ、正治はナカの意を受けて、養子縁組の許可を受けるべく、二回にわたり、大阪家庭裁判所に赴き、縁組許可の申立てをしようとしたが、同裁判所係官からナカ本人が出頭しなければ申立てを受理できないといわれ、やむなく、ナカの退院を待つうちに病状が悪化し、死亡するに至ったため、縁組の届出をなし得なかったのである。

なお、地方公務員共済制度が、地方公務員の死亡等に関して適切な給付を行い、その遺族等の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする制度であるということからすると、法二条一項三号イの組合員であった者の「子」には、届出をしていないが事実上養子縁組関係と同様の事情にある者であって、しかも、その届出がなされなかったことについて特別な障害があり、届出がなされたと同視し得べきものをも含むと解すべきである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)は認めるが、(二)は不知。

2  同2は認める。

3  同3のうち、ナカが原告と事実上の養子縁組をしたこと、縁組の届出をしなかった事情はいずれも不知、その余は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の(一)及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が、ナカの死亡により法九三条一項所定の遺族年金を受給し得る資格を有するか否かにつき判断するに、原告がナカの養子としてその縁組の届出をしていないことは原告の自認するところである。

ところで、法九三条一項による遺族年金の受給資格を有する遺族とは、同法二条一項三号イによれば、「組合員又は組合員であった者の配偶者、子、父母、孫及び祖父母で組合員又は組合員であった者の死亡の当時主としてその収入により生計を維持していたもの」をいうとされているところ、原告は、右にいう「子」には、実子、養子のほか、届出をしていないが事実上養子縁組関係と同様の事情にある者であって、しかもその届出がなされなかったことについて特別な障害があり、届出がなされたと同視し得べきものをも含むと解すべきである旨主張する。

しかしながら、人為的に親子関係を創設する養子縁組は、その届出によって効力を生ずることとされている(民法七九九条、七三九条)から、その届出を欠く以上、民法七二七条による養親子としての親族関係が生じないことはいうまでもなく、そのような届出を欠く事実上の養子が「子」に当たるというためには、その旨の特別な定めが必要であるというべきである。しかるに、法二条一項三号イは単に「子」と規定するのみで、そのような特別の定めをおいていないこと、それにひきかえ配偶者については、二条一項二号イにおいて「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む」旨明記していること等から考えると、法二条一項三号イにいう「子」には、事実上の養子縁組関係にある者を含まない趣旨であると解するのが相当である。このことは、養親子関係が夫婦関係と異なり、必ずしも同棲的共同生活を要素とするものではないため、事実上の養親子関係にあるか否かの判断が困難であり、地方公務員等共済組合制度の運営上、大量の給付を適正かつ迅速に処理するためには、かかる身分関係の存否について戸籍上の記載に基づき客観的、画一的に判断せざるを得ない必要があるということに照らしても首肯することができるのである。

なるほど、届出という要件を欠く事実上の養親子関係も、婚姻における内縁関係と同様に、それが社会的事実として存在する以上、法律上全く保護に値しないということができないことはいうまでもない。しかし、かかる社会的実在としての内縁関係ないし事実上の養親子関係を、いかなる面で、どのように保護するかは、それぞれの制度の目的に照らし政策的に定められるべき性質のものであるから、法が内縁関係にある者に遺族年金の受給資格を認め、他方、事実上の養親子関係にある者についてこれを否定したとしても、いかなる範囲の者に給付を行うかについては立法政策の問題である以上、このような差異の生ずることもあながち不合理ということはできないのである。まして、前記のとおり、事実上の養親子関係の存否の判断が困難であることを考えると、当該関係人につき遺族年金の受給資格を認める立法上の措置が講ぜられていないことも十分うなずけるところである。

なお、厚生年金保険法六三条一項三号、労働者災害補償保険法一六条の四第一項三号等には、受給権者が事実上の養子になった場合にも受給権を失う旨の規定があり、事実上の養親子関係の存在を立法政策上も無視していないことを示してはいるが、それは、受給権の失権制度の目的からくる事柄であって、このことから当然に当該各法規において事実上の養子にも受給資格があるということになるわけではないし、まして、本法において、失権制度につきそのような規定はない(九六条三号参照)のであるから、他の法規に右のような規定があるからといって、本法において前記のように解する妨げとならないことはいうまでもない。

以上のとおりであって、法二条一項三号イにいう「子」に事実上の養子も含まれるとする原告の主張は、立法論としてはともかく、同法の解釈上はこれを採用することができないというべきである。

三  よって、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下薫 裁判官 佐藤久夫 高橋利文)

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